【四阿山・根子岳】初夏の百名山、花の百名山を縦走

【四阿山・根子岳】初夏の百名山、花の百名山を縦走

四阿山・根子岳について

初夏の根子岳から望む四阿山

 

標高

四阿山 2,354m

根子岳 2,207m

日本100名山

(四阿山は)いい形である。昔の人はただどんな山でも名山とは呼ばなかった。眺めて美しい、品格のある山でなければならなかった。深田久弥「日本百名山」から

根子岳 花の百名山

ルート① 菅平牧場→根子岳→四阿山→菅平 

周回:5時間

難易度 体力:初級 危険度:危険個所なし

四阿山の語源は、あづまや(公園などにある壁がない休憩所小屋にみられる)の屋根に似ていることから由来したといわれる。

しかし、群馬県側からは吾妻山と呼ばれることもあり。嬬恋村や吾妻郡にその地名が残る。

嬬恋村紹介

長野県の県民歌 信濃の国では、

あづまはやとし やまとたけ なげきたまいし うすいやま」(吾妻はやとし 日本武 嘆き給いし 碓氷山)

という一説がある。

最近の小学校では信濃の国は歌わないことが多くなったし、普通は3番までしか歌われないが、この節は6番にある。

私はこの歌が好きなので、全番暗記しているが、もしかしたら県民でも半数は知らないかもしれない。

この節の存在や意味は知っていたが、深田久弥の日本百名山を読んで初めて腑に落ちた。

日本武尊が東征からの帰り、失った妻(弟橘媛)に対して「我妻よ」と碓氷峠で悲嘆したのが、「東(あづま)」の語源とのことである。

そういえば、嬬恋村は愛妻家の聖地で村おこしをしていたと思い出し、こういった故事も一つの根拠となっていることに思い至る。

弟橘媛(おとうとのたちばなひめ)は夫である日本武尊が相模で火攻めにあった際、

「さねさし 相武(さがむ)の小野に 燃ゆる火の 火中(ほなか)に立ちて 問ひし君はも」(相模の野の燃える火の中にあっても、私を案じてくださったあなた

と和歌を詠んでいる。

嬬恋村が愛妻の聖地を称するのも納得の故事である。なんといっても、神代の英雄 日本武尊にちなんだ故事なのだから。

四阿山の群馬県側の祭神は日本武尊という説もあるそうなので、ぜひ祠に立ち入った際にはお参りしたい。

四阿山の駐車場事情について

入山料200円を払えば牧場の駐車場に止められる。土日であっても観光客の回転が速いので止められないということはなさそう。

 

四阿山・根子岳の山行記録

2018年6月中旬、四阿山・根子岳に登る。

急遽、この日(土曜日)に空きができたので、コースタイムも短く、準備の負担も少なそうな四阿山に登る。

タイミング的には梅雨入りが心配されたが、雲が多いものの晴れであった。

8時に駐車場に着いたのだが、まだ人は少なく、止められる台数にも十分余裕があった。

根子岳の方が等高線の間隔が短く、サクッと山頂につけそうだったので、根子岳から登る。

根子岳の方が牧場を見渡せ、眺望が良いので登り向きだ。

この時期は各所でレンゲツツジがきれいに咲いていた。流石、花の百名山。

 

登り始めてから1時間とかからず、眺望の開けた場所に達する。

根子岳山頂では雲に覆われてしまったので、早々に四阿山に。

根子岳から四阿山に向かう途中に一部だけ切り立った場所がある。

落ちるような場所ではないが注意が必要。

初夏の根子岳から望む四阿山【クリックして拡大】

 

よく、パンフレットや雑誌で紹介される風景。

根子岳からのくだりにあり、木が生えておらず開けているので写真に向く。

振り返ってみる根子岳の山頂。

根子岳と四阿山を結ぶ最低部からは40分ほどで山頂となる。

人が多かったので、ここで昼食とせず下ったところで食べる。

四阿山からのくだりで撮影。

四阿山からのくだりは、根子岳のそれと比べると緩やかであるが距離が長い。

4時間とちょっとで周回して降りてくることができた。

コースタイムが短いのでサクッといって帰ってこれる。

急に予定が空いた時におすすめの山である。

帰りは牧場の牛を見ながらソフトクリームを食べた。

ここらの牛から出された牛乳かは定かではないが、牧場で食べるソフトクリームは格別である。

次は冬の根子岳に挑戦してみたい。

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